自分だけがいくら成長しても意味はない。
周囲の成長を忍耐強く待たなくてはならない。
じつは自分もほとんど成長などしていない。
それを他者よりも先に手にするよう恵まれていたか、その力だけは他者よりも強かっただけ。
たしかに学びも知識も知恵もつくだろう。
忍耐がなければ、なぜ自分がそれらを多く受け取ったのかを知ることはできない。
待つことはできる。
だがその間の姿勢が成長には重要。
成長とは、根から養分を吸収し、果実を実らせ、それを周囲に与える果樹の成長を見守る、与える一方の太陽の愛の成り立ちこようなもの。
待ちながら他者を見下し続けていたのなら、それは成長ではない。