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先を遠くを憂いも思い描きもせず、今ここで正しい面持ち心持ちのもと、目の前の一手を出し、それを連続させるのみ。

先を遠くを憂いも思い描きもせず、今ここで正しい面持ち心持ちのもと、目の前の一手を出し、それを連続させるのみ。 それが先も思いも正しくもたらし見せてくれる。 その目の前が自分のための課題としてなら狭いが、そのようにして世界のための課題としてなら無限となる。 そうして自身の世界は広まり不満ない。 さもないと、目先を掻き集め、偏った憤りで、永遠に欲望を追いかけ、なんの得にもなりはしない。



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良識や中庸や中道や良心と、そしてそこからの判断は、必ず自分の中にある。

良識や中庸や中道や良心と、そしてそこからの判断は、必ず自分の中にある。 他者に肩代わりはできない。 世界に形は無数、そのうちの何かに頼れば、それは必ず偏りとなる。 各自がそれを曇らせるものを晴らしてゆくよう努めて怠らないことが、最善となる。







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赦しは受け入れに、受け入れは理解につながる。

赦しは受け入れに、受け入れは理解につながる。 この流れがなければ、必ず否定や争いを選ぶことになる。 因果によって成される。 何故それが成されるかを理解する。 その理由が、その人にとって助けを求める困った声なら、助けようとする。 そうでないなら、なぜそうするかの理由があるのだろうと赦して受け入れ理解につながる流れを止めない。 流れを生み出すのは神、我々はその蛇口。 それは心次第で開閉する。