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過去は忘れられないし、変えられない。

過去は忘れられないし、変えられない。 変わるのは今と未来。 今を生きると決めれば、未来は過去から変わったものとなる。 過去に生かされた自分だからこそ未来がある。 過去を正当化すれば、過去を未来に求める無理が多くのイビツな問題を生む。 過去に感謝すれば正当化にもなる。 過去は今に含まれている。 生かされていることに感謝し、周りのために生きることが、最善。


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相手の内なる神を、女神を、引き出したい。

相手の内なる神を、女神を、引き出したい。 それには表面の欠点を、大きな視点でもって、人類共通の課題として知り、内なる神を見て、そのように敬い扱うこと。 何度も騙され、裏切られるうち、それは人が汚れているのではなく、みんなの共通の実相であると知る。 そしてみんなの内なる神を見れば、それは大いなる神へと通じる。 相手の内なる神引き出したければ、あなたも内なる神として、母性を持って接すること。 それが神おこしとなる。








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たくさんの失敗と、おかしな言動で暴走し尽くして、気づけば四面楚歌になり。

たくさんの失敗と、おかしな言動で暴走し尽くして、気づけば四面楚歌になり。 さみしさを味わえるからこそ、たまに出会えるときのありがたさがわかる。 ほんとうに伝えられること、大切なことを選び、それを与えることにフォーカスできる。 こわれた過去の執着を洗い流して、ほんとうの愛をたむけることができる。 人の根底にある感謝と謙虚さに立ち戻ることができる。 過去の失敗を悔やみ悔やんで悲しんで毒に浸かりきって、もうそれは十分だと思える。 そして過去を手放し、今と白紙の未来のため、また歩み始めることができる。 その歩み方でこそ、家族や同僚に、してあげられる誠実さが育まれる。 思えば幼少のころ、夢見たことが、そこにある。 でも、それが自分の身勝手な希望的観測であれば、また頭をたたかれ、絶望させられる。 だけどそうしたことは、身勝手でさえなければ、なくなってゆく、そんな希望も感じる。 そんなやりがいも感じる。 いろいろ失敗して、痛手も受けなければ、こうはなれなかった。 それを思うと、先祖や両親がやりきれなかったことを、自分がやらせてもらえることが、幸せ。 そこがずっと気になってた。 そのためなら、自分のバカさ加減から来た因果応報も、またありがたいご縁のようにすら感じる。 二度とごめんだけど。 その歩みで、いろいろ悲しみがあるなか、出会いを与えられ、ヒントをもらえて、日々をがんばれる。 そして気づかされることが日々あり、それが幼少からの疑問を溶かしてくれる。 生かされていることに感謝せずにはいられない。 このままおごらず、油断せず、さいごまで、与えらえれた命を、せいいっぱい、周囲を愛し、自分を愛し、先祖を愛し、子孫を愛し、がんばってゆく。 人の道には上も下もない。誰もが主役であり中心。そうなれなくともしょうがないと思う必要はない。自信を見失って何かの奴隷になる必要は全くない。


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人は心の中で何度でも人を殺める。どがそれはあくまで、そのような怒りを感じたと表現しているだけ。

人は心の中で何度でも人を殺める。どがそれはあくまで、そのような怒りを感じたと表現しているだけ。 暴力的な表現を嫌う前に、自分の真相、正体を、知るといい。 すると節度ある表現のバランスの境目がわかる。