問題から逃げ回る人は、常に他者を責めるはめになる。 そして不満はつのり、自身も他者も不利益となる。
投稿者: klassfunktion
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ポジティブだと言う人ほどポジティブじゃない。
ポジティブだと言う人ほどポジティブじゃない。 勝ち気になって他者をたたくのはポジティブじゃない。 それらは後ろ向きだ。 逃げている方角が自分から見て前だから、楽だから、プラスに誤解できるに過ぎない。 自他共に良くなるには何をすればいいか、自分に不足していて変えるべき向上すべき点は何かを、淡々と見つめて、行動に移すことがポジティブ。
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人生とは、長い長い懺悔と感謝と奉仕の旅である。
人生とは、長い長い懺悔と感謝と奉仕の旅である。
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相手を変えたりわからせるのは無理だが、そのことを考えさせるきっかけが常にそれを起こす。
相手を変えたりわからせるのは無理だが、そのことを考えさせるきっかけが常にそれを起こす。 それは現実と真実である。 であれば、そのように生きること。
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真実の嘘とは、欲や終着が求めさせる心の声から来る本心に嘘をつき、信実の愛を本心に選ぶこと。
真実の嘘とは、欲や終着が求めさせる心の声から来る本心に嘘をつき、信実の愛を本心に選ぶこと。 二択であるところを、しかし人であるなら愛を一択と嘘をつくこと。 それは選択である。 愛や神すらもが言葉としては幻想であるが、それゆえに言葉なき永遠である。
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習慣、民族性、国民性、文化が人を世界で一番の人生に引き上げることはない。
習慣、民族性、国民性、文化が人を世界で一番の人生に引き上げることはない。 世界でいちばんの人生とは、すでに人ぞれぞれの中にある平安にあり、それを阻むものを反省し、各自の程度の知れた習慣や民族性や国民性や文化の小さな限界を知り、お互いが助け合うことにある。 そのうえで生まれた習慣、民族性、国民性、文化は、はじめて崇高なものとなる。
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必要なことだけなら情報は少ない。
必要なことだけなら情報は少ない。 しかし不要あるいは嘘の情報の中からそれを見つけ出すには、大量の情報を集めて、分析を行った後に、ようやく必要な少ない情報に絞り込むことができる。 まるで乾いた雑巾を絞り、一滴の水を取り出すように。 そこに水は存在しないと言う者は、泥水しか知らない無知と慢心と欲望の猛獣なのだが、これにに打ち勝つ必要がある。 しかし無知と慢心と欲望は重なってゆく。 これと戦い続ければ疲れ果てて人生は失われる。 これを重ねてゆく、人生を失うことに躊躇しない、愚か者が相手なのだから、終わりがない。 だからその争いをするかわりに心に手を当てて心を澄ませ、その気持ちに耳を貸せば、どこに見当をつけるべきか、わかる。 それは良心と呼ばれ、生きる感覚である。 愚か者との戦いに終わりはなく、そこに残ることが勝者なら、それは変わらずに愚か者である。 勝者ではなく敗者であろう。 その勝利にこだわる愚か者に引き込まれて負けん気を起こしてはならない。
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人を愚かにするのは、無知ではない。
人を愚かにするのは、無知ではない。 間違いや偏見があると理解する者に、それを言わせない脅迫をかけ、間違いと偏見の道を正しいと見させる、あらゆるまやかしの技である。
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自主性を生きれば、どんな想定外も思し召しとして最善にするため自由に対処を尽くす。
自主性を生きれば、どんな想定外も思し召しとして最善にするため自由に対処を尽くす。 もしそうでないなら、言われたことを動くだけになる。 自由と不自由とはそんな違い。
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富と権力に溺れるとは、それが他者と同じ価値であると思い込み、縁起の妙を見失い、真実を見失うこと。
富と権力に溺れるとは、それが他者と同じ価値であると思い込み、縁起の妙を見失い、真実を見失うこと。
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幸せを噛みしめることよ何倍も何十倍も、感謝をささげたい。
幸せを噛みしめることよ何倍も何十倍も、感謝をささげたい。
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理解は相手の悪意を善意に変え、悪行を抑える。
理解は相手の悪意を善意に変え、悪行を抑える。 しかし完全な理解は難しく、場合によってはほぼ理解から遠のき、悲劇を作り出す。
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目覚めていない間は、ほんとうに自主的に意識的に選択することは少ない。
目覚めていない間は、ほんとうに自主的に意識的に選択することは少ない。 幸せな選択なら慢心し、辛い選択なら誰かを責める。 どちらにもほんとうの自分という安らぎとしあわせは存在しない。 しかし慢心と、誰かを責めることをやめて、自分を生きようと決めたら、そこから人は目覚めてゆく。
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夢は常に発生しなかった過去である。
夢は常に発生しなかった過去である。 夢は過去の記憶が現場の昇華にともない過去の記憶が引き出されて組み合わさる。
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比較されたものだけが記憶に残る。
比較されたものだけが記憶に残る。 それは認識の鍵である。 しかし比較にも増した記憶がある。 それは常に無からの感謝である。