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この世界に誰もが有るのだから、どのようであっても良いのか。

この世界に誰もが有るのだから、どのようであっても良いのか。
それは、あらゆる縁と関係があってこそ次が生まれる、紡がれる、そのことを見ていない。
この世界の全てが、はじめは何も無く、これから無くなってゆく。
そこに心が生まれ、良心が生まれ、思いやりが生まれた。
問題や過ちも生まれ、だからこそ悔い改めと許しが生まれた。
それを精一杯、最善を尽くすことから逃れようと、世界のことを語っても、それはどんなものよりも矮小、それが自我。

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